山らぶ

山が好きすぎて困っています。

デストロイヤー・カオレ(前編)

ドドドドドド・・・

林道に響く轟音。

あまりに狭く深い谷は、上から見下ろしても木々で覆われて見ることはできず、

ただその異様なまでに太い水の音が空までも包み、ここへ近づいてはならないと我々を威圧する。

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てなわけで、奥美濃は川浦(カオレ)谷の海の溝洞ゴルジュと本流へ行ってきました。

カオレはいつか行ってみたい沢としてポロッとつぶやいてはいたものの、こんなに早く行くとは思っていませんでした。

7月最後の日曜日。

別の沢からの帰り道に携帯をチェックしてみると、パートナーから「来週末は電車の切符取れるから日程的にカオレとか行けちゃうな、カオレいいな、行きたいな、行けちゃうよ、あ、でも、嫌ならいいんだよ、みなぽちゃんの好きなとこでいいんだけど、どっちでもいいよ、ただ、カオレ行けるんだよね、カオレいいとこだよね」(超訳)というメール。

もともと台高のとある沢に行くことになっていたのですが、そんなに行きたいなら今回は譲ろうってことで、カオレに決めちゃいました。

 

せっかくカオレに行くんなら、海の溝洞とかおがんじゃおう。

 

とはいえこれまでに経験したこともないような大変なところなので、撤退の際の見極めと判断の方針のようなものだけは、事前に確認し合っておきました。

——どこかを完遂することよりも厳しいゴルジュを経験することを重視する。入り口で引き返すのではなく、できるだけ進んでみる。でも本当に無理そうだったら、敗退する。

 

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懸垂下降してゴルジュの底に降り立った。顔を上げた瞬間、足がすくむ。

岩はぬめり、水がすごい勢いで流れている。

・・・これは、飲まれればひとたまりもない。

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ほんの1メートルほどの滝も、水に推されながら体を運ぶのがすごく大変。

足を滑らせればぴゅーっと流されてしまうので、一挙手一投足に集中を要する。

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丸太を超える。

深さはほんの20 cmほど。

足を川底に置く前に流れに足を持って行かれてしまい、手だけ丸太にしがみついて宙づり状態に。とっさにパートナーが足を差し出して支えようとしてくれたけれど、足を置こうともがいても水に押されて虚しく水面をばたつくだけである。

丸太を握る手も段々と力が入らなくなってくる。

仕方がないので、一旦流されて、もう一度トライして、なんとか超えた。

 

これまでの沢であれば難なく超えていたような障害が、この流れによって全てデストロイヤーと化している。

どこかの記録で読んだ「全てが核心」というのは、本当だったんだ。

 

ここは、人間が長くいる場所じゃない。

今、なんとか落ちずにいることが精一杯で、小さなミス一つでいつ死んでもおかしくない。

 

とはいえ恐怖に押しつぶされているわけにもいかないので、集中力を高めて慎重に先へ進む。パートナーは沢上級者ではあるけれど、フォローじゃどうにもならないところやフォローしている場合じゃないところが多く、私の乏しい経験と知恵と体力を振り絞ってなんとかヌメヌメにしがみつき必死で体を支える。

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……でも、そのときはあっという間にきてしまった。

 

2 mほどの滝を巻き、川に下りようと足を置こうとした瞬間、 再び足を持って行かれた。

あっけなく滝壺に落ち、白泡に飲まれ、水が口に入る。息が出来ない。

もがいても体は水に翻弄されるがまま。

やばい。溺れる。

と、右の視界の隅に岩が見えた。

ぬめっていてホールドもないが、とにかく手をのばす。

パートナーが呼ぶ声が聞こえる。

私は屈曲点の先まで流されてしまっていて、互いにその姿は見えない。

絶え間ない轟音。

口をあければ水を飲んでしまうので、とにかく、とにかく岩へ手を伸ばす。

・・・ロープが、少しのびたようで、手が届く。

白泡から外れた!

やっとで体が浮いた。流れに押されるがまま、岩へ体を押しつける。

こちらも叫び、生きていることを伝える。

とはいえ流れに押しつけられているだけなので、

要するに流されている状態であることに変わりはない。

・・・落ち着こう。

周りをよく見る。

少し先の岩に、筋が入っている。

ハーネスにつないだロープはビンビンに引っ張られていて、ビレイループは脇腹のあたりにある。自力で外そうとしたが、無理。

スカイフックを岩のどこかにひっかけて体を支えるしかないか。水の中で踊るギアを手探りする。

パートナーから、再びコールがかかる。

「ロープを外せ!」

「待って!!」と返すが、聞こえていない様子で、何度もくり返し「ロープを外せ! ロープを外せ!」と叫んでくる。

もしかして、パートナーの方も引きずられて結構危うい状況なのではないか。

スカイフックを掴んだ!

少し先の岩へ引っかける。わずかに体が緩む。即座にロープを外す。

ホールドのある岩陰まで流されて、小さなテラスによじ登る。

一呼吸置き、セルフビレイをとり、ようやく体の力を抜く。

・・・よかった、助かった。

「もう大丈夫!」と叫ぶ。

「帰る?」と聞こえる。

「帰る!」と即答する。

 

なんかもう、気力を使い果たした。

敗退。

 

パートナー曰く、あの先にはさらにデストロイヤーがでん!でん!でん!でん!と連続しており、

それはもう途方に暮れる光景だったという。

それならなおさら、潔く諦めがつくというものだ。

 

 

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帰りは下降するしかないので、流れを見極めてもらいながら慎重に下っていく。

ひやっとするようなきわどい箇所もある。

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シャワーの滝に斜めに光の筋が差し込んで、異世界感に拍車をかけていた。

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光のある世界へ。

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(※溺れているわけではありません)

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最っっ高に楽しかった!

 

そうです、すんごく怖かったのに、これまでにないくらい面白さと充足感を感じたのです。

魔力に取り憑かれるって、こういうことかと思う。

モチベーションだのなんだのはよくわからないけれど、とにかく、もっと力をつけて、絶対にまた会いに来なければならない沢だと感じた。

頭の中で、もう、ずうぅっと、海の溝で見聞きしたあれこれが頭の中を占領して離れてくれないのだ。たまったもんじゃない、今回で終われるはずがない。

敗退ではあったけれど、圧倒的な山の力を感じ、自分の力を知り、危ない思いもし、心に燃えるものを得た。パートナーとの意志疎通の確認もできた。ちょっと経験を積むというにはあまりにも豊富な収穫だった。

 

その夜は轟音が響く空に所狭しと星が輝いて、空だけ見ているならばまるでロケットに乗って宇宙へ出かけているみたいでした。

そして興奮冷めやらぬまま思い出しニヤニヤしながら麻婆豆腐を作っていたら、お豆腐を地面に落としてしまいました。

 

お豆腐さん、ごめんなさい。

 

(※)このときの事故について振り返ると、

①流されそうな場所ではロープをハーネスにつけてはいけない

……ロープがいっぱいになった場所で固定されることで溺れてしまう危険がある。もしも流されたとき、すぐにロープを手放して少し先まで流されれば、流れの緩む場所に体を置ける場合がほとんどであり、そのほうが安全である。

②女性は比較的体重が軽いため、水量の多いゴルジュに不向き

……そんな悲しいこと言わないでおくれよと言いたいところだが、これはある。水の中ではなんとか下半身に重心を置くことで踏ん張って耐えられるが、水の上から足を入れるときが鬼門。充分に足に重心を移せないうち(というか足をつく以前)に水に持って行かれる。確実に大丈夫な場所があれば、ドスン!と落ちたほうがいいが、それで体のバランスが崩れれば結局流されるので、なかなか難しい。

③ロープを手放すのは私ではなくトップのパートナーでもよかった

……一般的に、トップがロープを手放すというのは即敗退を意味するが、このとき使っていたのはお助け用ロープ。別に50 mロープも持っていた。事故時はそのことをすっかり忘れてしまっていた。

 

特に、今回のようにパートナーから見えない場所で溺れるというのは、互いに状況がわからずとても危険だったと思う。

パートナーの方も私が溺れている可能性を考えて動いてくれていたのだとは思うが、相手が見えているのと比べると判断のスピードも精度も当然落ちる。今回は苦し紛れの運任せ(私から見ると)でなんとか脱出できた。危険箇所では考えうるリスクや落ちた場合の対応など確実に確認しあいながら進んでいくことが必要だと感じた。

 

そして、もっと安定して登れる技術を身につけ、ちゃんと作戦を練って、こんなに水量が多くない時を狙って、また行かねばならない。

 

 

ちなみに、ちゃんとした記録はパートナーが書いています。

カオレゴルジュはじめ」—雪中松柏愈青々

私が溺れていたそのとき、パートナーは・・・!?