デストロイヤー・カオレ(後編)
奥美濃は板取川の川浦谷での沢登り後編です。
デストロイどころか癒やされてきゃぴきゃぴ楽しんだ話しになります。
*
翌日は川浦谷本流ゴルジュ。
トポを見ると、滝は小さいのが数えるほどしかなく、残りは長大なトロ! トロ! トロ! トロ! トロ! トロ! トロ! トロ! トロ!!!(※魚ではない)
中には100 mにもなる瀞も2つあるらしい。
(参考資料:SOLOIST「川浦谷ゴルジュ」)
海ノ溝が早々と敗退になったので、前日のうちに橋の上から入渓点付近を伺って作戦を立てました。
というのも、本流は最初の方にある滝と瀞が核心。
おわかりいただけるでしょうかこの白泡パラダイス。
橋のあちこちの欄干から身を乗り出して、ああでもないこうでもないと話し合います。
この狭さにこの水量。
すんごいスピードで流れていて、ちょっと見たところでは陸上生物立ち入り禁止区域である。
そのくせよく見れば弱点もあるにはあるから、がんばれば行けちゃうのかもしれない。と思えないこともない。ドキドキ。
ぱっと見無理そうなところで少し隙を見せて行きたい欲をそそらせておいて殺しにくるパターンやで、これ。
でもやはり、ここを突破しようとするとどれだけ時間がかかってしまうかわかりません。
なので今回は最初の核心を外して遡行をして、戻ってきて時間が余れば核心部にトライしようということになりました。
それにしても、すぐ頭上まで観光客が来ているとは思えないほど、川浦は美しい谷です。
海ノ溝で鍛えられた私にとっちゃあ、このくらいのへつりはなんのその(でもロープはお願いね)。
核心をすっ飛ばした本流は、前日の海ノ溝とは打って変わって恐ろしい場所も陰鬱な雰囲気も無く、明るくて穏やかで、その優しさが頭からつま先までしみわたります。
次から次へと現れる長い長い瀞を、ひたすら泳いで遡上していきます。パートナーが。
私は、ザックをビート板代わりにしてキャッキャ言いながらロープで引っ張ってもらうだけの楽しいおしごと!
楽しすぎるので、ぷかぷか浮かんだまま辺りを見回してみたりお魚を探してみたり雲を眺めたり、気楽なものです。
水が多い沢は、流れを読んで泳ぎのラインをつかみ、不用意に体力を奪われないようにしながらいくのが重要とのこと。
泳ぎでの渡渉の仕方やロープワーク、気をつけるべきこと等を実践を交えて教えてもらいつつの遡行でした。
それにしても、私の泳ぎの前に進まないことといったら!
ためしに流芯をトラバースして渡渉しようとしたら、少し下流の岸に到着するはずが流芯のところでぴゅーっと流されてしまい、横切るどころか岸に一向に近づかないままどんどん下流へ。流されることを見越して下流で待機していたパートナーにひょいっと引っ張り上げられてしまいました。
一方、体格が良く泳ぎの得意なパートナーは、何食わぬ顔ですーいすい。
くーーーっ!!
でも泳ぎながら顔の周りをメジロアブにつきまとわれていたので、泳げるのも楽じゃ無いなと思いました。はい。
泳ぎ、練習しなきゃ。
瀞の美しさに息を飲み、屈曲点が来るたびに次に来る景色へのほのかな期待に包まれる。そしてまた再び澄んだ瀞が現れ、うっとりとため息をつく。
泳ぎ続ける体がほんのりと気だるい。
くらくらするような日差しと、艶やかにまとわりつく水と。空には雲が流れ、谷を流れる風に木の葉が音を立てる。
こんなことを何度もくり返しているとだんだん頭の中がとろけてきて、恋の魔法にでもかかったみたいに甘くて幸せで優しい気持ちになります。
川の時間はあんまりにも悠然として今日がこのまま終わらないかのよう。と思った次の瞬間には、やがて終わりが来るのでは無いかという恐れとそれでも進み続ける切なさに襲われる。
ああ。魔法だ。できることなら、ずっとかかったままになっていたい類の。
恋の魔法、かかったことないから想像やけどね。
で、永遠だのなんだの思いながら昼前には遡行を終えてしまったので、空身になってお約束の核心部へ。
懸垂下降でゴルジュの底に降り立つと、山岳会らしきパーティーと鉢合わせ。長い間行く先の様子を伺って、どうしようかと頭を悩ませているような雰囲気です。
それもそのはず、なるほど納得この水量。
この滝、落差は1.5 mですが、紛う事なきデストロイヤーです。
右岸から巻いて落ち口へ上がる記録もありましたが、落ち口から先の右岸にはかなりホールドが少なく、泳ぐにもへつるにも渡るにもこの水量で万が一流されてしまってはこの白泡の藻屑となることは必須。
上で確保してもらいつつ先に私が独力で行く必要があると言われました。一応ロープはつなぐけれどほとんどフォローのしようがない場所。見下ろしてみると結構小さなスタンスのヌメリクライムダウンのあとにホールドの無い右岸(しかも直下にはデストロイヤー)。
むりむりむりむりむりむりむりむり。
パートナーも、やめたほうがいいねと言う。
随分迷った挙げ句、比較的ホールドが多く巻いた後も流されずに済みそうな左岸からトライしてみようということに。
いよいよ、右岸から泳いで取り付きます。もちろんパートナーが。
長い時間水に浮かびながら滝をじゃばじゃば浴びて格闘しています。どうも支点を取るのに苦労している様子。
「がんばれー!」と叫びたいけれど、滝の音で何と言っているか聞こえないだろうし、突然声だけ聞こえるとびっくりさせちゃうかと思いガマンガマン。
この滝のところへやってきて1時間近く粘っていましたが、帰らねばならない時間が近づいたので諦めてしまいました。
パートナー曰く、ホールドがヌメヌメでスカイフックを引っかける場所すらなく、唯一のクラックはフレア気味でカムを挟んでもすぐに引っこ抜けてしまったのだそう。
この間、鉢合わせしたパーティーの方は私たちの様子をじっと見ていました。
撤退する間際に少しだけ言葉を交わしたところ、今日の川浦谷はいつもより20 cm以上水量が多いとのこと。
なるほど、そりゃあなおさらなおさら厳しいわけだわ……。
てなわけで、
ちゃっかり記念撮影だけして、
てった〜い!
川に流されるのもだいぶ上手になりました。へへ。
岩と水とわたし。
ゴルジュに抱かれる。
「ジロジロ見てんじゃねーよ」
この二日間で、買ったばかりのタイツがまるで死闘を繰り広げたかのような有様に。
通りすがりの観光客のおばちゃんからも「あなた、びりびりに破けてるじゃないの〜!」と顔を歪められる始末。
ごめんなさい。
*
今回は2日とも敗退になってしまったものの、とても充足感を得られた沢登りでした。
私なりにこれまでできなかった事やしたことのなかった事を、気付いたらいくつかやっていた。
もちろん書くまでもないような些細な事ではあるんだけれど、ただ引っ張っていってもらったり構ってもらったりしているだけのところからほんのちょっとだけ「パートナー」に近づいた、ような気がする。
技術的にもいろんな知識を得たし、シビアなゴルジュがどんなところか知ることもできた。そしてまた素晴らしく美しい沢に出会うことができた。
こんなに贅沢な週末って、ほかにあるだろうか。
また行きたいな。川浦谷。
ちなみに暇を持て余して郡上八幡観光に連れ出されたけど、川浦谷のことしか考えてなかった。