タッチ! あ! GO!!!【前半】
「深山幽谷の淵を覗くとき、人は身を硬直させるほどの戦慄を覚える。そして、淵が神の座であり、淵を核とした一帯が聖なる空間であることを身をもって悟るのである。」 ——野本寛一『神と自然の景観論』より
シルバーウィークは東京からハッチとみつお氏(以下、ハチみつ)の2人を迎え、南紀の立合川(たちあごう)に行ってきました。
なんて平然と言ってみたけど、実際のところ今回ばかりは1ヶ月以上前から行き先を考え装備やらなんやら準備をしドキドキワクワクそわそわしながらこの日を待っていました。
というのも、私にとって初めての上級沢であり、はるばる遠征してくる2人にとっては初めての紀伊半島の沢なのです。特別な山行なのです。
事前に手に入れていた資料(『南紀の沢』)によると、
「見所:取り上げれば切りのないほどたくさん
注意点:数多く難しい」
という。なるほどわからん。
行った方に話を聞くと、とてもいいところなのは間違いないらしい。
8つもゴルジュがあるぞ。滝がすごいらしいぞ。美しい沢らしいぞ。
不安か期待か区別はつかないけれどとにかくドキドキわくわくで。
んで、結論から言うと、想像をはるかに超える素晴らしさと楽しさでもう、感激がオーバーフロー。
*
1日目(9月21日)
夜行バスで到着した2人を京都駅でピックアップし、一路南紀へ。
国道169号を走れば紀伊の名だたる名渓の数々への分かれ道があちこちにあり、妄想だけでおなかいっぱい夢いっぱい!
さて。
入渓はお昼ごろ、「立合川橋(たちあいかわはし)」から。
台風の後で少し荒れているかもという懸念を吹き飛ばす透明度。
私の後ろを歩くハッチも水の色を見てハイテンションうなぎ登り!
やはり水が綺麗なだけで期待度はぐんと上がります。
直前までお天気の心配をして転進先まで決めていたというのに何のことはない、ピーカンで真夏のような暑さ。これ以上ないほどの沢日和です。
ニコニコウキウキと弾む足取りで進む最初のゴルジュ。
大きな釜を持つ滝が現れると、我慢できなくなったのかハッチが「ちょっと泳いできます」と言い残し釜にドボン!
黄色い歓声を上げるキャニオニングツアーのおねーちゃん達のそばを忍者っぽい泳ぎ方でのびのびと泳いでなかなか戻ってきません(※)。
今日は入渓が遅いから急ぎ足でって申し合わせてたけど、こりゃあ急ぐともったいないや!
(※水が綺麗すぎて思わず飛び込むなんて無邪気なやつだと微笑ましく思っていたけど、翌日まで「可愛いおねーちゃん何人も連れて行けて羨ましい、オレもあのガイドのにーちゃんになりてぇ」と何度もつぶやいていたので以下略)
ハッチがこちらに戻ってくるのを確認しつつ、滝の左にある傾斜ゆるめスラブ+樹林を登って高巻き。見た感じはヌメヌメで怖そうだったけれど、「大丈夫だよー」と言われ登り始めると案外フリクションが効き、ちょいっと行けました。
こういうの、見極められるようになりたい。
高巻きを終えると目の前にぱっとナメが広がり、思わずわぁっと歓声を上げる。
みんなニッコニコ。
まぶしい日差しを避けるように木漏れ日の下を通り抜けていくと・・・
第二ゴルジュのはじまりはじまり。
泳ぎとへつりで滝を越えていきます。日が高くなりいよいよ暑く、泳ぐと大変気持ちが良い。
まだまだ序盤戦なので体力温存のため泳ぎは少なめでがまんがまん。
水を浴びながら登る。
狭い空から差し込む日差しは水を貫き岩角を照らし、粒ぞろいの宝石のような輝きを見せる。
なんということだろう。
狭くうねるゴルジュをへつりながら進んでいると、轟音が聞こえてきた。
トップを行くみつお氏が「あっ!」と小さく叫ぶ。
「もしかして大滝!」
興奮を抑えつつ少し先へ行くと、大釜の端に水しぶきの末端が。
ひゃぁーーーー! きゃぁーーーー!! うおぉああーーーーー!!!
と叫び先を急ぐと、
でででん!!!!!
そこには、大きくえぐられドーム状になった岩盤と、ぽっかり空いた穴から落ちる迫力満点の滝、巨大な釜。
唖然とし、目をしぱしぱさせながら何度も何度もぐるぐると見回してみる。
現実味がない。
滝の落ちる音がドームに反響し、私の頭からつま先までを震わす。
なんかもうわからない、何がどう奇跡だとか神秘だとか素晴らしいとか迫力があるとか美しいとか頭から吹っ飛んで、ただ圧倒されるのみ。
他の2人も、この想像を絶する光景に、言葉を失っていた。
しかしこの空間は魚眼レンズでもなけりゃ到底写真には収まりきれない。
圧倒的な雰囲気も、カメラでは全く平坦なものになってしまいその1割も伝わらない。
飛び込んだり泳いだり眺めたり、たしか30分くらいは滝壺で遊んでいただろうか。
さて、ここからが今日の核心である大高巻き。事前のリサーチでも苦労しているパーティーが見受けられた。
滝の少し手前の小さなルンゼから上がっていってみる。不安定な泥付きの急斜面を這い上がると巨大な岩壁が立ちはだかり、横へ行くにも上に行くにもかなりシブい。ハチみつがいろいろと知恵を絞る。
こんなに苦労する高巻き初めてだ! と内心わくわくしつつも、緊張するところだし迷惑かけちゃならないので不謹慎なこと言わないように……とまるで忠犬のごとく大人しくセルフのスリングに繋がれじっとゆくえを伺っていたら。「高巻きが悪くて上級沢って感じしますね〜たーのしいっすね〜!」と隣で満面のニヤニヤをかましているハッチが。かたやみつお氏は腐って皮がはげ落ちつけ根しか残っていない木の枝に両足をのせ、この上はどうなっているとかあーだのこーだの喋っている。
……なんや君らも変態か。
結局、この高巻きはかなり厳しいということになり懸垂2ピッチで沢に降り、作戦を練り直して、さらに手前の銚子滝のそばのルンゼから再び高巻きへ。
岩が脆く、手で掴んだそばから崩れていく。なんとか体重を支えられるホールドをと注意深く探りながら進んでいると、上から「信頼できるホールドなんて探したってない! こういうところではごまかして進むしかないんだ!」と指導が飛ぶ。
な、なるほど〜!
発想の転換:「信頼できるものなど何ひとつ無い」
じんわりと体重をかけつつ、崩れる前に上へ。
さっきまでびくびくしていたのは何だったのだと思えるほどサクサクと上がっていった。
ほどなくして古い木馬道にたどり着き、ホッと胸をなでおろす。
沢登り、全部スムーズにいくより少しくらい試行錯誤して行ったり来たりしちゃうくらいの方が探検っぽくて楽しいな(私は何も役に立ってないけど)。
出発が遅かった上に高巻きのあーだこーだで時間を食ってしまったので、今日は木馬道の上でビバーク。
早速、盛大な焚き火をこしらえる。
3日間漬け込んだ塩豚ときのこ・野菜でホイル蒸しを作ってあげたらえらく美味しかったらしく、うめぇ、やべぇ、すげぇ、うめぇ、やべぇ、とほおばってあっという間に平らげてしまった。やはり山で肉は正義である。
明日の朝ごはんで食べるデザート用にと、沢の先輩直伝の山プリン(スキムミルク+プリンの素)を仕込んでおいた。
暖かく静かな夜。星が遠くで瞬く。よくはしゃいでよく登ってよく食べた。増水も滑落も心配いらない、いいビバークサイトだ。
ぐっすり寝よ…………ん??
なんか太ももにムズっとした感じが?
ズボンに手を入れ肌に触れてみると、、ま、ま、ま、マダニくっついてるーーー!
叫びたいのを必死にこらえ、ひっぺがした。
嫌な予感がし、さらに手を這わせてみると何匹もくっついているではないか!!
ぎゃあああぁぁぁぁぁぁああああぁぁああああああ!!!
マダニ、噛みついてしばらくすると手では取れなくなり、延々と血を吸い続け肥大化していくという恐怖の噂を聞いていた。一刻も早く駆除せねば。
脚やら腹やら背中やら胸やら腕やら首やら顔やら、とにかく全身のマダニを、20匹以上夢中ではがした。
ふぅ、災難だったな。もういないだろう。寝よ……ん!?ムズっ!?!?!?
手を伸ばすと、またマダニーーーーー!!!
一瞬にしてまた数匹くっついている。半泣きではがす。
しっかりとシュラフにくるまり、再度全身をチェックした。もう二度と入ってくるまい。
ようやく私にも安眠がおとずれ………ん? ムズッ!?
(以下エンドレスリピート)
恐怖にとらわれ、結局、一晩中マダニを剥がし続けて朝を迎えた。
しぬかと思った。涙も涸れ果てた。
よく気が狂わなかったものだ本当に。
ちなみに、他の2人はすぐそばで寝ていたにもかかわらずほとんど被害無く、オールナイト熟睡を堪能していた。
なぜだ。
日頃の超健康的食生活のせいかそうなのか。それにしてもあんまりだ。
(後半へ続く)