山らぶ

山が好きすぎて困っています。

いざ憧れの険谷へ〜台高・銚子川岩井谷遡行/往古川真砂鬼丸谷下降【前編】

ごぶさたしております。

沢シーズンの記録をぼちぼちアップしていきます。いっぱい行ったので、順番はまあ、気分で。

ひとまず、お盆の台高遡下降2泊3日から。

 

【日程】 2014.8.14-16

【行程】 銚子川第二発電所〜銚子川岩井谷〜稜線〜往古川鬼丸真砂谷〜往古川林道

【メンバー】HRMT、minapo

 

昨シーズンに沢登りを始めてからというものすっかりぞっこん沢ラブになってしまった。登りに行くのはもちろんのこと、貪るように沢の資料を読んでは行きたい沢の数々をリストアップして夢と妄想を膨らまし続けてきた。

特に紀伊半島の沢には惚れ込んでいて、この低い標高の鬱蒼とした森に包まれたヒミツのワンダーランドのことは考えるだけでドキドキしてしまう。

幸せいっぱい夢いっぱい!

……まぁ、地理的な近さゆえ私の沢登り経験の9割が紀伊なのだから贔屓目に見てしまうのは許してほしい。

 

そんなこんなで、台高にある銚子川岩井谷のことは、嶮しい谷の多い台高においても格別の厳しさと美しさを持つ谷として早くから知っていた。

 

「高い登攀技術を要求される上に源頭部までの距離が長く、遡行は心技体が充実していないと難しいだろう。」(樋上嘉秀『台高の沢』より)

 

「岩井谷」の名は「位牌谷」から来ているとか「死人不帰谷」という名前の支沢を持つとか、中二病的に想像をかき立てられるネーミングも手伝って、いつか必ず行きたい憧れの谷だった。

沢1年目のうちは当然、高嶺の花中の高嶺の花である。ところが雪も融けきらぬ4月から休みのたびに沢に行っているとだんだん手が届くように思えてくるもので、いつしか、このシーズンの第一目標になっていた。

秋頃には登りに行けるよう、沢に行くときも平日の仕事終わりもいつも岩井谷のことを意識して経験を積んでいた。9月の連休に行こう、とパートナーのHRMT氏とも約束を取り付けた。

 

ところがどっこい、光谷の帰り道に改めて確認してみると、彼は約束を忘れていたのかなんなのか9月の連休を自分の山行で埋めている!?!?!?!?

うぉおい、なんちゅうこっちゃ〜〜〜

 

どういうことなの、なんて人でなし、こんなにも思い続けたのに、人の約束をなんだと思っている、うあああああああああああ、今日から何をして過ごせば、、

 

というのは少々大げさだが、やはり行けないのかと思うと心にぽっかりと穴があき、かといって諦めもつかず、しばらくぼんやりと過ごしていた。

するとさすがにこの悲愴オーラを察して同情してくれたのか、光谷から10日ほど経ったある日なんとHRMT氏から「お盆に岩井谷行こう」と言い出した。

いゃっほー大逆転!

かくして、夢は再稼働したのである。

 

(いまとなっては人の貴重なお盆を奪う形になってしまい申し訳なかったと、3ミリくらい反省しています。すんません。)

 

さて計画を立て始めてみると、どうも岩井谷を遡行した後の下山がなかなか渋そう。下山ルートはいくつかあるようだが、道のない尾根を下る、悪い廃道をゆく、崩落した林道を延々と歩く、などで、手間取って下山遅れしたパーティーの記録もあった。

こりゃどうするかな〜と地図とにらめっこしているとどうにもこうにも隣の真砂鬼丸谷が気になってしょうがない。

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往古川は真砂鬼丸谷といえばこれまた100mあるという八町滝をはじめいくつもの大きな滝を擁する絶険の谷として、当然「行きたい沢リスト」にも名を連ね、近いうちにとチャンスをうかがっていた沢だった。

 

……ゴクリ。

 

真砂谷、下降に使えちゃったりしないかな……。

 

早速記録はないかと調べてみたけれど、web上には見当たらない。

唯一見つけたのは、『日本の渓谷 '97』にある成瀬氏単独の記録。

なるほど不可能ではないらしい。

しかし、読んでみるとなかなか苦労していて、終盤ではゴルジュの下降で危うく進退窮まりかけている。それどころか「遡行の倍の神経を使って下っていく」「岩井谷を登るより遙かに真砂谷の下降はきつかった」などと書いてあるではないか。

かの成瀬氏をもってしてこの表現……。読むだけで心臓がキュウっとなる。

でも、藪尾根の廃道を下るより何倍もワクワクするのは確実だ。

怖そう、だけれど、心が奪われてしまった。

 

遡行図と地形図を熟読して、念入りに作戦を立て、結局、コンディションが揃ったら真砂谷の下降にチャレンジしようということになった。

すなわち、死者と現世とがつながるお盆に「位牌谷」を遡行し「死人不帰谷」を覗き「鬼丸谷」を下降するという、字面的になんとも完璧でドキドキしちゃう大豪遊計画である。

うへへへへ。

 

【1日目】2014.8.14

早朝に京都でパートナーをピックアップし一路尾鷲へ。

高速を走っている間も強い雨が降り続け、増水が心配である。少し前まで強い台風が来ていたから山の保水力も落ちているだろう。強い雨は朝のうちだけ、雨がぱらつくのは1日目までという予報なので、たぶん大丈夫だろう。とは思いつつも気が気でない。

海山から先は銚子川林道のデスドライブ。ここは国内随一の悪路、なにもなくてもしょっちゅう崩壊、パンクと故障とスタックと脱輪とヒル様お持ち帰りが怖くては立ち入れないことで有名(※当社比)。

とはいえ相変わらずお美しい銚子川の水の色に否応なく気分が盛り上がる。

台風一過で通行止めになっているかと懸念されたが、どうにか、銚子川第二発電所までたどり着いた。

 

緊張に顔を引き締まらせつつ遡行準備をし、車のフロントに計画書を置く。

さて、水量はどうだろうか。

9:30、発電所下に入渓し岩井谷出合へ。

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やはりネットの記録で見たより水量多めだが、遡行は充分に可能そうだ。

さすがの銚子川、水量が多くて曇り空の日でも水は澄んで翡翠の色をしている。

 

「これなら行けるね。」

「うん。」

 

いよいよだ。

朝イチでまだ動きが鈍いところだが、水量が多く流れも速いのでジャンプやへつりに結構神経を使う。パートナーは相変わらず速い。待ってくれ。

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入渓してすぐに10mほどの滝が現れた。

落差こそさほどないが、水煙を纏い迫力充分で近づくのも恐ろしい。

序盤で時間も体力もセーブしたいところなので、無理せず巻いた。

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すっぱり縦に割れた岩をよく見た。

 

直瀑20mを右岸から巻き、

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続いて斜滝20mは無理せず左のガリーから登る。

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この優美な曲線、飲まれたら最後暗い滝壺の餌食となる。まるで美しい毒蛇が舌を伸ばして招いているかのよう。ドラマチックな明暗。私の好みのタイプだ。

 

支沢の150 m滝を右に見つつゴーロを進むと発電所の巡視路にぶつかる。これを辿ると三平滝へ行くことが出来る。

この三平滝の突破は平水時でもかなり厳しい。私は、見る前から1日目はあまり時間がないしこの水量では難しいと諦めてしまっていた。

私はこの谷にとにかくビビっていて、だからなおさら、全行程を通して、怖いことはできるだけやりたくなかった。

 

見物気分で巡視路を辿り、吊り橋を渡る。

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そして三平滝の直下へ。

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ゴオォとすさまじい音が空気を裂き、岩壁を挟んだこちらまでもうもうと水煙が漂い爆風が身体を煽る。

こりゃやべぇ。とんでもない滝だ。

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空荷で滝の全貌を見に行こうと試みたけれど、足場がかなり間引かれてしまっていて、ロープを出すにしても相当厳しい。

巡視路を行く間、パートナーは見るまでは諦めたくないような雰囲気があったけれど、この怒濤の水量と爆風とツルツルの側壁を前に「どのみち今日は厳しそうだね、近づけもしない」と観念した様子だった。

うんうん、大人しく巻こうよ。それがいいよ。

 

はじめから目をつけていた右岸巡視路の階段を尾根まで詰め、大高巻きに入る。ここは私にトップをさせてもらったが、わりとトレースがあり迷うこともなく、歩きやすかった。

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曇っているおかげでさほど暑くないし、尾根の途中にはビューポイントもあり楽しい。

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対岸の嵓を目印に地形を見つつ尾根を進み、ガレ場をノーロープで下った。1時間半の大高巻き。ちょうど岩小屋があり、水飲み休憩。遡行を開始してから初めてゆっくり休憩することができた。

おそらく、ここはW大探検部ビバークしたところだろう。

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三平滝は近づくにしても巻くにしても結構大変だろうと警戒していたものの、案外スムーズに巻けたおかげで時間的にも余裕ができ、一安心。

 

ここから梅ノ木谷出合までは癒やし系の楽しい遡行。

15 m滝・端正な直瀑と大きな蒼い釜、そして折り重なる緑とが完璧なバランスで存在していた。ついつい見とれていくつも写真を撮る。

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岩陰に張られた細い蜘蛛の巣には大小無数の水滴がついていて、さながらシャンデリアのよう。綺麗やなあ。

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続いて、かにかま風きのこ。

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パートナーは、じっと岩の下にへばりついて動かない私を、また変なことをしてるな〜とほっといて先に進んでいた。つれないなぁ。

小さい物にぐいっと顔を近づけて観察するのが、どうも、昔から好きだ。

ぱっと見では気付かないものが見えて、ハッとする発見がある。

 

先に行ったパートナーは荷を下ろして休憩していた。

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相変わらず水の色が綺麗だ。

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この艶、透明感、なめらかなハリ。これはどこかで見たことがある。

そう・・・・・・呼子のイカソーメンだ。

じんわりと唾液が溢れてくる。

 

水の流れを食い入るように見つめながら「イカソーメン、イカソーメンや…すごい、ほらこれ、イカソーメンおいしそう」とつぶやく私に「は? おなか空いてるんならレーション食べれば」と言い捨てるとはさすが冷徹冷静なパートナー。

まあ、空いてるけどね。

遠慮無く大休止に入る。

ところがクリームパンの3個目に手を伸ばしていると、彼はもう立ち上がってザックを背負いヘルメットを締めている。

えええ〜〜〜

もう急がなくていいしゆっくりやろうよ〜〜〜

 

とはいえHRMT氏のせっかちなのは今に始まったことではない。仕方がないので急いで食べて、ぼちぼち遡行する。

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序盤の激しさが嘘のような穏やかな渓相。

難しくないので私がトップをいく。この方が私がHRMT氏に置いて行かれる心配もなくパーティーのペースが安定していい。でも後ろの人はだいぶ暇そうで、歌声とか口笛とかよくわからない独り言とか割としょっちゅう聞こえてくる。へい、のろくてすんまへん。

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↑このときはミスチル的な何かを歌っていた。

 

優しい雰囲気に癒されながら、軽く泳いだり、

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のんびりとナメを楽しんだりして、

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16時すぎに梅ノ木谷出合到着。

明日行く右俣を軽く下見して、平らなスペースにツエルトを張る。

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さてお待ちかねの焚き火。

薪は豊富にあるが、いかんせん今朝まで大雨だったので、みな芯までしっかりと水を吸っている。焚き付けに苦労して、火が安定するまで40分ほどかかってしまった。

燃えない上に、煙い。火も大きくならないので身体もなかなか乾かない。

どうにかこうにか夕食を済ませた頃には暗くなり、雨もぱらつき始めたのでそそくさとツエルトに潜り込んで就寝。

 

ところが深夜から未明にかけて一時かなり雨脚が強くなり、音がすごいし増水も心配だしで目が覚めた。たびたびツエルトの外を覗いては水位を確認する。

ただ、明るいうちに幕場周辺の苔のつきかたや植生などを観察し、大雨や台風の時でさえも滅多なことでは水位が上がらないようだと推察していた。増水したとしてせいぜい現状から20 cm以内。このくらいの雨ならツエルトに及ぶほどの水位にはならないだろう。パートナーも、まあそうだねと頷いた。

ただ雪国の沢の鉄砲水を経験したことのある彼はやはり本能的な恐怖があって眠れず、少しうとうとしている間も大増水に襲われ装備を流される夢を見て青ざめて目を覚ましたりしていたらしい。

 

たしかに、山にこれだけの保水力があることの方がびっくりである。

 

私も、水辺で冷やしていたプリンだけは、心配だから引き上げておいた。

朝のお楽しみは大事ですからね。

 

いやはや。

 

(つづきは中編へ